Episode 1:沈黙

「最近、してないよね」

そう言いかけて、
やめた。

タイミングが違う気がしたからだ。

テレビの音だけが、
やけに大きく聞こえていた。

リビング/夜

彼女はソファでスマホを見ている。
俺は、少し離れた場所に座っている。

距離は1メートルもない。

でも、
それ以上に遠い気がする。

「今日さ…」

声をかける。

「ん?」

顔は上げない。

その一瞬で、
続きの言葉が消えた。

キッチン

皿を洗う。

やけに丁寧に。

水の音で、
余計なことを考えなくて済む。

——優しくすれば、何か変わるかもしれない。

そんなことを、
少し前から思っている。

「ありがとう」

背後から声がする。

振り向く。

笑っている。

それで終わりだ。

寝室

電気を消す。

「おやすみ」

「おやすみ」

会話は、それだけ。

暗闇の中で、
目だけが冴えている。

手を伸ばせば届く距離。

でも、
その距離がやけに長い。

少しだけ、
空気を変えてみる。

照明を落とす。
音を消す。

“いい流れ”を作る。

いける気がした。

——今だろ。

「ねえ」

声を出す。

彼女は言う。

「ちょっと待って、今いいとこ」

画面の中の誰かが笑っている。

俺は黙る。

そのまま、
何も起きない。

たぶん、
何かが壊れたわけじゃない。

ただ、

少しずつズレただけだ。

同じ部屋。
同じ距離。

同じ生活。

違うのは、

触れなくなったことだけだ。

「これ、どうすればいいと思う?」

聞けなかった言葉が、
頭の中で繰り返される。

これはたぶん、

一人で解決できる話じゃない。

でも、

どうやって二人の話にすればいいのかは、

まだわからない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました