Episode4「揺れる境界線」

外の選択肢を少し知っただけで、
日常は急に意味を持ち始める。

いい意味ではない。

皿を洗っている。

水の音はいつも通りで、
何も特別じゃない。

ただひとつ違うのは、

泡の見え方だった。

洗剤の泡。

そして、
どこかで見たことのある“あの泡”。

どちらも、
すぐに消えていく。

残るものは少ない。

人は一度でも別の世界を知ると、
無関係なものまで重ねて見えるようになる。

彼女はスマホを見ている。

僕もスマホを見ている。

会話はない。

でも沈黙は、
以前より少しだけ重い。

——気づかなければよかったのか。

——それとも、気づくべきだったのか。

答えは出ない。

出す気もない。

湯船の中で考える。

泡が浮かんでは消える。

それを見ながら、
さっきの“泡”を思い出す。

どちらも、
形は残らない。

ただ、
満たされた“気がする時間”だけがある。

満足感は、
いつも少し遅れて消える。

顔を洗う。

水が冷たい。

さっきまでの思考が、
少しだけ現実に引き戻される。

「いや、考えすぎだろ」

誰に言うでもなく呟く。

人は正気を保つために、
ときどき自分にツッコミを入れる。

電気を消す。

いつも通りの距離。

でも今日は、
その距離の意味を少しだけ考えてしまう。

——近いのに、遠い。

——遠いのに、壊れてはいない。

その中途半端さが、
いちばん厄介だ。

何も起きない夜。

何も変わらない関係。

ただ、

泡だけが、
やけに頭に残っている。

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