Episode2「うまく言えなかった夜」

「このまま何もしないのも違う気がする」

そう思ったのは、
特に理由があったわけじゃない。

ただ、
前の夜より少しだけ、
気持ちに余白ができていた。

いつも通りの時間。

テレビがついていて、
部屋は静かで、
距離もいつも通りだった。

僕は少しだけ考えてから、
いつもと違う行動をした。

「今日さ、ちょっと話そうかと思って」

彼女はスマホから目を離さずに、

「なに?」

と言った。

その一言だけで、
続き方が分からなくなる。

言葉というのは、
準備していたほどきれいには出てこない。

むしろ、
準備していた分だけ崩れる。

水を流しながら、
さっきの続きを考える。

うまく言えなかった。

でも、
言わなかった頃よりは、
何かが少し違っていた気がする。

——伝えるって、こういうことなのかもしれない。

はっきりした手応えはない。

ただ、
沈黙とは別の形の“ズレ”があった。

「最近、どう?」

聞いたつもりだった。

でもそれは、
質問というより確認に近かった。

彼女は少し間をおいて、

「普通だよ」

と言った。

その“普通”が、
どこに向かっているのかは分からない。

普通という言葉は便利だ。

でも時々、
一番距離を感じる言葉でもある。

電気を消す。

同じ部屋。

同じ沈黙。

でも、
少しだけ違う。

今日は何も変わっていないのに、
何かを試した痕跡だけが残っている。

それは成果ではない。

ただの“試行”だ。

変わらないことに慣れるか、
変えようとして少し壊すか。

その間に、
正解はまだ見つかっていない。

目を閉じる。

すぐには眠れない。

でも、
昨日ほど重くはない。

たぶんそれだけで、
今は十分なのかもしれない。

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