「最近、してないよね」
そう言いかけて、
やめた。
タイミングが違う気がしたからだ。
テレビの音だけが、
やけに大きく聞こえていた。
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リビング/夜
彼女はソファでスマホを見ている。
俺は、少し離れた場所に座っている。
距離は1メートルもない。
でも、
それ以上に遠い気がする。
「今日さ…」
声をかける。
「ん?」
顔は上げない。
その一瞬で、
続きの言葉が消えた。
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キッチン
皿を洗う。
やけに丁寧に。
水の音で、
余計なことを考えなくて済む。
——優しくすれば、何か変わるかもしれない。
そんなことを、
少し前から思っている。
「ありがとう」
背後から声がする。
振り向く。
笑っている。
それで終わりだ。
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寝室
電気を消す。
「おやすみ」
「おやすみ」
会話は、それだけ。
暗闇の中で、
目だけが冴えている。
手を伸ばせば届く距離。
でも、
その距離がやけに長い。
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少しだけ、
空気を変えてみる。
照明を落とす。
音を消す。
“いい流れ”を作る。
いける気がした。
——今だろ。
「ねえ」
声を出す。
彼女は言う。
「ちょっと待って、今いいとこ」
画面の中の誰かが笑っている。
俺は黙る。
そのまま、
何も起きない。
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たぶん、
何かが壊れたわけじゃない。
ただ、
少しずつズレただけだ。
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同じ部屋。
同じ距離。
同じ生活。
違うのは、
触れなくなったことだけだ。
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「これ、どうすればいいと思う?」
聞けなかった言葉が、
頭の中で繰り返される。
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これはたぶん、
一人で解決できる話じゃない。
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でも、
どうやって二人の話にすればいいのかは、
まだわからない。
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